最先端の半導体製造を陰で支えるのは、平均年齢74歳に達した地元の高齢農家たちだ。世界最大手の「台湾積体電路製造(TSMC)」が工場を構える熊本県菊陽町では、膨大な水を使用する工場と地域の水資源を守るため、農家による「地下水涵養」が不可欠となっている。しかし、担い手の急速な高齢化により、この持続可能な協力体制が「いつまでもつか」という懸念が強まっている。
2024年末に第1工場が稼働し、隣接地では第2工場の建設が進むなど、菊陽町は半導体産業の活性化に沸く。だが、最先端チップの製造には、超純水と呼ばれる不純物のない水が大量に必要だ。TSMC工場の水使用量は1日最大3万トンに及び、消費量の4分の3は工場の再生水で賄われるものの、残る4分の1は地下水に依存しており、2025年には約250万トンを取水した。阿蘇山の火山灰地層によって育まれた熊本の豊かな地下水は、地域の生活用水の8割を占める命の源であり、過度な取水は即座に水不足へと直結する。
この消費分を補うために行われているのが、地元の農家による「地下水涵養」である。阿蘇の噴火によって形成された熊本の地層は隙間が多く、水が極めて浸透しやすい。農家が米作りを終えた後の休耕田や冬の畑に川の水を引いて張る(湛水)ことで、水はざるで濾すように地下へ染み込み、数ヶ月かけて地下水を蓄える天然のダムとなる。TSMCもこの取り組みを支援し、農家に協力金を支払うことで取水量を相殺する仕組みを構築した。
しかし、この頼みの綱である仕組みが、いま危機に瀕している。涵養事業を最前線で支える水利組合や地元農家らの平均年齢は、実に74歳。後継者不足と体力の限界が間近に迫っている。「水路の掃除や田んぼの管理は想像以上に過酷だ。自分たちが動けなくなったら、この仕組みは崩壊する」と、一人の高齢農家は顔を曇らせる。ハイテク半導体を製造するための土台が、限界寸前の高齢者のボランティア精神に近い努力によって支えられているのが実情だ。
最先端技術のサプライチェーンを日本国内に確保するという国家プロジェクトの裏で、その存続は地方の極めて脆弱な人間関係と労働力の上に危うくバランスを保っている。若手農業従事者への支援や、企業の資金力を生かしたスマート農業の導入など、単なる「協力金の支払い」を超えた抜本的な対策が早急に講じられなければ、日本の半導体大国への返り咲きという大望も、枯れた大地の上に消え去ることになりかねない。