イギリスの女性旅行家が、日本の「おちこち」をめぐる大冒険の最初の夜に直面したのは、おびただしい数のノミと、ふすまの隙間から覗く無数の「目」だった。
1878年(明治11年)6月十日、イギリスの女性旅行家イザベラ・バードは、東北から北海道をめぐる壮大な旅へと東京を出発した。彼女の荷物は約50キログラムに及び、通訳兼助手である伊藤の体重と合わせると、日本の一般的な馬が運べる限界の重さだったという。東京からの旅立ちの乗り物は人力車だった。
彼女が旅の最初の宿泊地として選んだのは、日光街道の宿場町である粕壁(現在の埼玉県春日部市)だった。そこで待ち受けていたのは、過酷な「洗礼」である。
宿泊した「高砂屋旅館」は、多くの客で賑わっていたが、建て物全体に悪臭が漂い、不潔な状態だった。彼女はカビ臭い蚊帳の中で夜を過ごすことになったが、無数のノミと蚊に襲われ、一睡もできなかったという。
さらに、彼女を苦しめたのはプライバシーの欠如だった。襖で仕切られただけの部屋では、物珍しい外国人女性を見ようと、宿の客や従業員が襖の隙間から代わる代わる覗き込んできた。このプライバシーのない過酷な状況は、西洋人女性である彼女にとって大きな精神的試練となった。
しかし、この最初の夜の苦難は、彼女が後に執筆する不朽の旅行記『日本奥地紀行』の始まりに過ぎなかった。過酷な日本の奥地を歩き続けた彼女の強靭な意志と、当時の日本のリアルな姿が、この最初の一歩から描き出されている。