敗戦から81年が経過する中、昭和天皇が自身の戦争責任について「自分も、軍も政府も国民も、みな悪かった」と心中を明していた記録が、歴史的な注目を集めている。初代宮内庁長官である田島道治が残した「拝謁記」には、公の場では語られなかった天皇の率直な言葉が克明に記されている。
「拝謁記」は、田島長官が1949年2月から1953年12月までの約4年10ヶ月間にわたる、天皇との対話を手帳やノートに詳細に記録した全622回、100万字を超える膨大な資料である。愛知県出身で東京帝国大学を卒業後、金融界で要職を歴任した田島は、1948年に宮内府長官に就任し、翌年の組織改編に伴い初代宮内庁長官となった。天皇から深い信頼を得ていた田島に対し、外部には言及できない政治的な発言や皇室の家長としての悩みが打ち明けられている。
大日本帝国憲法下において、天皇は国家元首であり、立法・行政・司法を統括する「統治権の総攬者」であった。同時に、陸海軍を率いる最高指揮官「大元帥」でもあった。1937年7月の日中戦争の開始から1945年の敗戦までに、日本人だけで300万人以上が亡くなり、アジア各地の人々も多数の犠牲となった。権力の頂点にいた昭和天皇が自らの戦争責任をどのように捉えていたのかについて、「拝謁記」はきわめて貴重な手掛かりを提供している。
「拝謁記」の中で天皇は、軍部や政府だけでなく、自分自身や国民も含めた全体に責任があったという趣旨の発言を行っている。2019年8月にNHKがその存在と内容を報道して以降、「昭和天皇拝謁記 初代宮内庁長官田島道治の記録」として刊行された。歴史学や政治学、皇室社会学の研究に大きく貢献するものであり、戦争を振り返る上で欠かせない一冊となっている。