生成AIの普及が加速する金融業界などで、タスク単位の作業時間は短縮しているものの、それが全社的な収益向上や従業員の意欲高揚につながらないという「生産性向上のわな」が懸念されている。第一ライフ資産運用経済研究所の柏村祐・主席研究員は、AIによって浮いた時間がそのまま新しい日常業務に吸収され、労働負荷だけが増える構造を指摘する。
英ケンブリッジ大学などの国際調査によれば、世界の金融機関の約8割がAIを導入している。米国企業のカスタマーサポート担当者5172人を対象にした研究でも、AIアシスタントの活用で経験の浅い新人が一定の生産性水準に達する期間が約10カ月から約2カ月へ劇的に短縮されるなど、現場の生産性向上やスキル格差の解消に対する効果は明確だ。
しかし、日本の職場の実態は複雑だ。パーソル総合研究所の調査(2025年10月実施)によると、生成AIの利用でタスクの所要時間は平均16.7%短縮したものの、全体の労働時間が減った人は利用者の25.4%にとどまる。時間を削減できた人でも、浮いた時間の61.2%を仕事に再投下し、その75.4%は日常業務に吸収されていた。効率化の成果が還元されず密度だけが増えれば、従業員が自主的にAIの活用を控える「賢いサボタージュ」を招く危険がある。
柏村氏は、この課題を克服するため、①創出された成果の賞与や休暇などへの公平な分配、②処理件数から問題解決の質や後輩指導への評価軸の転換、③労働環境の改善状況の透明性を持った開示、という「人間中心の設計」を提唱する。人的資本を重視する投資家の間でも、単なるAI投資額にとどまらず、「AIと人が共存できる組織体制を整えているか」が企業価値の新な評価基準になりつつある。